耳の手術について マニアックな視点でお届けします。


今まで耳の手術について何度か投稿させていただきましたが、思いの他アクセスが多く驚いています。お読みになる方は少数だと思いますが、少々マニアックな内容ではありますが、耳の手術についてさらに掘り下げて書いてみたいと思います。本当にご興味がある方のみお読みください。

まず、私の恩師である岩永迪孝先生は、中耳手術を行った症例数は12000例!を超えており、日本だけでなく世界においてもトップレベルの耳の術者であります。単に経験数が多いだけでなく、手術操作も非常に繊細であり、まさに人間国宝のような存在です。どのような点がスゴイのか、改めて考察してみました。

%e8%80%b3ct%e5%83%8fまず、複雑な側頭骨解剖を完璧に理解されており、個々の症例での個人差についてもCT画像からほぼ頭の中で3D構築をされている点です。断層写真の集合体であるCT画像から、頭の中で実際の手術の術野を再現できるのは、才能というしかありません。もちろん私自身も岩永先生の薫陶を受け、ある程度の再現は可能ではありますが、岩永先生ほど細かくは再現できません。あまり言葉では多くを語られませんし、後になって初めて言われている言葉の意味を理解できることもあります。実際の手術の前にある程度術野をイメージすることができれば、それに対する備えが十分できるということでもあります。あらかじめこの辺りにこのような病変があると予測して手術するのと、全く想定しておらずにその場面に直面するのでは、雲泥の差があります。全く通ったことがない道を通るのと、何度か通ったことがある道を通るのでは、運転の仕方がちがうのではないでしょうか。まず画像や耳の所見から事前に予測するということが、質の高い手術をするための必要条件となります。なお、余談ですが、岩永先生は、自分がプレーしたことがあるゴルフコースを1ホールから18ホールまで再現することができます。何度か経験すればできることかもしれませんが、それでもあのコースの何ホール目がどのようなコースであったかをすぐにイメージできるのは稀有なことだと思います。空間認知能力の違いなのでしょうか。

次に、一つ一つの操作が大胆かつ繊細であるということです。「大胆」に操作することと、「繊細」に操作することを両立させることができるのか?と思われる方もおられると思いますが、これは可能なのです。上述した解剖が完璧に頭に入っていると、実際に術野には見えていない部分も見通せるため、一つ一つの操作の力加減を調節できるのです。例えば、外耳道から鼓膜の剥離操作がその一例です。外耳道の皮膚から鼓膜にかけての上皮を破らないように丁寧に剥離してゆくときに、いたずらに時間をかけて丁寧に行っても開創器のテンションがかかるために結局は破れてしまうことがあります。剥離の際に力を加えるべき深さや方向などが適切であれば、極めて短時間でこの操作が行えます。腕のいい板前さんが、あっという間に鮮魚を捌くのに似ています。必ずしも時間をかけて丁寧に操作することが良いとは限らず、「大胆」に手早く行うことが必要な場面もあるわけです。

そして、ある程度手早く操作を行うことによって、本当に重要な場面で時間をかけて手術操作することができます。例えば、耳小骨の中で最も重要なアブミ骨の周囲に病変がある場合、アブミ骨をできるだけ動かさないように病変を摘出する必要があります。鼓膜のわずかな振動を伝える耳小骨を、あまりに手術操作で動かしすぎると内耳にダメージを与えることになるからです。少し触れるだけでも動いてしまうアブミ骨をできるだけ動かさないようにしながら、周りに付着している炎症性の肉芽や石のように固くなった石灰化病変を取り除くのは、とにかく根気が必要です。あらかじめ手術における時間配分ができれば、うまく集中力を持続させることができます。動画は、慢性中耳炎の中でも厄介な鼓室硬化症という病気に対しての手術です。かなり専門的内容ですので、ご覧になりたい方のみどうぞ。

最後に、病変を取り除いた後の再建について。実は病変を取り除くだけなら、canal wall down法(オープン法)といわれる方法で行えば、最も簡単に行うことができます。この方法では、視野の妨げになる外耳道を削除しますので、死角が少なく病変を直視することが可能です。そのため、病変を取るには良いのですが、術後耳の中が広い空洞となってしまい、痂疲(かさぶた)が多量にたまるようになったり、耳漏が術後も続いてしまう例もあります。また、三半規管なども直接外界に触れることになるため、めまいが起こりやすくなったり、水泳などができなくなってしまいます。敢えて極端な言い方をすれば、術者にはやりやすく負担の少ない方法ですが、患者さんにとっては、術後の負担が大きい手術といえます。

岩永先生は、昔から京都大学では伝統であるcanal wall up法(クローズド法)と言われる方法で行うことを最も重視しており、私たちもそのように指導を受けてきました。患者さんご自身は、二通りの手術を受けることができず比較することはできませんが、術後のフォローアップをしていて、やはりcanal wall up法でうまくいっている人の耳が最も美しく、生活上の妨げもありません。慢性中耳炎や真珠腫などの病変がある耳を、少しでも正常の耳に戻す、というのがこの方法のコンセプトです。しかしこの方法で行うには、外耳道を保ったまま病変を摘出することが必要であり、手術操作が煩雑になり死角部分の操作をうまく行う必要があります。外耳道側と乳突洞(耳の後ろの空間)側と両側から丁寧に病変を摘出してゆきます。その際に重要なのが、剥離操作です。特に真珠腫と言われる病変がある場合は、少しでも取り残しがあると、必ず再発しますので、ひと塊で連続して摘出する必要があります。この操作が極めて根気が必要になります。見えている部分の真珠腫をついちぎるようにして切除したくなってしまうのですが、「ひと塊で連続して」摘出することで再発のリスクを下げることができます。一般的に数々の論文で報告される真珠腫の再発率(正確には遺残率)は、大体20~30%であり、特に小児の先天性真珠腫などでは50%程度(すなわち半分)ですが、当院で真珠腫新鮮例(当院で初めて手術を行う例)においては、成人、小児全て含めて5.7%の再発率(遺残率)でした。手前味噌になりますが、これは驚異的な数字といえると思います。最近は顕微鏡だけでなく、内視鏡も併用できるようになり、顕微鏡では死角になる部分も内視鏡下で観察でき、手術操作も可能となっています。そのため、今後さらに再発率は下がるものと思われますが、基本的には①外耳道を保ったまま(canal wall up法)、②できるだけひと塊で連続して病変を摘出する ことが重要です。手術機器が最新のものであっても、どのように手術を行うべきかという術者の「考え」が最も重要であることは言うまでもありません。

術者にとって行いやすい負担の少ない手術法が好まれる傾向があるのは仕方がない面もあると思いますが、まず考えるべきは患者さんにとってどのような手術法がベストであるのかを考えたうえで、術者の負担が少ない方法を模索するべきであると考えています。

残念なことに、実際の学会ではあまりこのような議論はなされません。聴力改善の成績であるとか、真珠腫の再発率であるとか、数字の発表は盛んに行われていますが、上に述べたような背景について議論になることがあまりありません。また数字化しにくい術後の耳の違和感や痂疲が溜まる、水泳ができないなどの、実際の患者さんの生活上の不便について、オフィシャルな発表の場で論じられることもあまりありません。ただ、意識の高い医師同士で、懇親会などでは本音で語り合うことができ、そういう機会こそがお互いを刺激し、高めあうことができるのではないかと考えています。

以上、とりとめもなく、長々とマニアックなことを書いてしまいましたが、このような情報も一部の患者さんにとっては興味深いものであろうと思い、書かせていただきました。また引き続き書いてゆきたいと思います。

 

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